プロパガンダについての短い覚書

芸術や娯楽、それらはプロパガンダの歴史と密接である。
特に映画に限ってみれば下記のような歴史を辿っている。


レビュー映画(米)
  ↓
ナチスプロパガンダ(独)
  ↓
ソビエトの映画
  ↓
北朝鮮の映画


レビュー映画というのは、
アメリカのニューディール体制時に、
その成果を国民に宣伝するために作られた映画で、
歌って踊る楽しいインド映画や
ミュージカルみたいな映画だ。
マスゲームみたいなシンクロナイズドスイミングのシーンがあったり、
どこの独裁国家の映画だ、と思ってしまうような映画でもある。
ちなみにこういうプロパガンダ
ホワイト・プロパガンダ(良い噂)と言い、
逆をブラック・プロパガンダ(悪い噂)と呼ぶ。


さて、この映画を見たナチスの伍長は、
ゲッベルス宣伝相に真似させた。
同じく映画好きだったスターリンは、
それを見てさらに真似た。
そして、冷戦期に北朝鮮に輸入されて、
ご存知のように彼の将軍様は大の映画好き。


主義主張が真っ向に逆らうとしても、
プロパガンダ作品同士は相互に影響され合う。
戦後、軍歌の「歩兵の本領」が労働歌に化けたのは
その筋の人たちには有名な話だが、
北朝鮮の映画ですらもハリウッド作品や
戦前日本のプロパガンダ作品の影響が色濃く現れているものがある。
殊、後者は鬼畜米英の風潮の下での作品であったから、
反米の北朝鮮には元ネタとして利用しやすかったのであろう。
肉体派の主人公にインテリ風のライバルが居て、
西洋風の美人と和風の美人が対立する構図で、
大抵は前者の主人公に人望が集まり、
主人公は和風美人を選んで洋風美人は泣きながら去って行く。
とまあ、非常に分かり易い筋のお話なのであるが、
北朝鮮の映画で類似するものを見つける事が出来る。
同様の事は中国などでも見られる(満映の後裔など)。


なお、ソ連は20年代に
戦艦ポチョムキン』などの映画を作っているから、
20年代のソ連プロパガンダ映画の影響が
アメリカのレビュー映画にもあるかもしれない
ナチスによるベルリンオリンピック
狂信的ナショナリズムの極致として記憶されるのは、
当時の技術と人の粋を尽くして記録されたからだ。
映像作品として今見ても面白い。


とあるジャーナリストが
体制の下では真に芸術な物は生まれない
と言うような事を言っていたが、
それは間違いである。
むしろ、こういった体制下の方が成立しやすい。
評価される所に人材というものは集まりやすいからである。
我輩もそういう体制下に生まれていれば、
おそらく嬉々として協力したであろう。
我々は我々が考えているほど冷静に物事を判断している訳ではなく、
単なる感情による原始的な本能の発露に過ぎなかったり、
あるいは単に周りに踊らされているだけかもしれない。
ただ、言えるのはそうしたものは恣意性はあっても、
どこか特定の個人や団体に帰する事は出来ないという事だ。


映画史において、
画期的な技法の数々がソ連プロパガンダ映画によって
発明された事実は有名であるし、
先程決められたアメリカ映画史上最高の脚本は
戦中のプロパガンダ映画『カサブランカ』に贈られた。
(「偉大な脚本歴代ベスト101」の1位)
独立記念日』と名付けられた宇宙人との戦争映画が
日本でも非常に受けたのが記憶に新しい。


他人を洗脳する(記憶に残る)には、
面白くなければならない。
だからこそ娯楽作品はプロパガンダに利用されやすい。
と言うよりも、プロパガンダは娯楽作品に“なりやすい”。
ポピュリストが罵倒ではなく喝采によって迎えられる様に、
多くのプロパガンダもまた絶賛と圧倒的な支持を受ける。
主義主張や支配的なイデオロギーは変わっても、
プロパガンダは作り続けられるだろう。
程度の差はあれ言説というのはプロパガンダ性というのを脱し得ないのだから。
我々は誰しもがハーメルンの笛吹き男なのだ。